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志賀の集落のはずれ、田んぼに佇む笠原新三郎の首塚付近から見上げる志賀城。この首塚は動かそうとすると災いがあるんだとか・・・。 |
志賀城の遠景。比高差170m、とありますがそんなに高くは見えません。が、切り立った岸壁がそそり立つ、天嶮の要害でした。 |
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志賀集落を貫く街道沿いに「雲興禅寺」の看板と、その隣に小さく書かれた「さわやか信州 志賀城址」の看板が目印、ちょっと小さすぎるよ~。それに「さわやか信州」ってのも、ここにはちょっとミスマッチだなあ。。。 |
この雲興寺の右手背後、墓地の脇からちょっと心細い登山道があります。お寺の方に教えていただきました。ここは根古屋?とも思いましたが、犬に吼えられっぱなしだったので聞くことができず。。。 |
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登り道は短いけれど、例によって岩場の厳しい道。上に上るに連れ、ご覧のような切り立った岩肌が目の前にそそり立っているのが見えてきます。これは難攻不落の要害だ! |
南西側にある堀切3。登城路を狭め、竪堀となって急斜面の下にストンと落ちて行きます。このあたりから実質的な城内に入ります。 |
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Ⅲ郭の手前にある比較的大きい堀切4。ここから先が城内の主要部になります。ここまで約20分。 |
Ⅲ郭へ向かう虎口の石積み。あまりに整っている上、形状的にやや違和感を感じます。遺構ではなく後世のものかもしれません。 |
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Ⅱ曲輪からⅠ曲輪の切岸を見上げると、比較的整った石塁が続いているのが見られます。 |
主郭の北西には数段の腰曲輪がありますが、その上部にも低い石塁が横に長く連なっています。 |
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主郭が近づくにつれ藪が濃くなってくる。主郭は矢竹と雑草が覆い茂り、写真の小さな祠がある以外は実に寂しい場所でした。 |
主郭の片隅、おそらく搦手道であった場所に残る石積み。ここも虎口だったのでしょうか。信濃で沢山見た、割石布積みの石塁です。 |
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主郭東側の尾根続きを断ち切る堀切5と土塁。堀切はだいぶ埋まっていますが幅はかなりあります。 |
左の堀切に伴う土塁。主郭背後の尾根続きを防御するためのものでしょう。 |
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主郭東北側の尾根続きのはずれから、下の断崖絶壁を見下ろす。結構キテます。危ないです。 |
東側尾根続きの岩裂部。天然の大堀切といったところです。無理すれば通れなくも無いですが、アブナイです。お~い、そんなに端に寄らないで! |
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志賀の城下町を見る。朝、陽の出とともに城兵は、夥しい数の生首が城を囲んでいる姿を見て、絶望に暮れたことでしょう。そんな風に思ってみると、美しいはずの景色まで凄惨に見えてしまう。 |
これはⅣ曲輪南西で見つけた、折れをもつ石塁。井戸のようにも見えますが果たして? |
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西側の尾根続きも削平レベルは甘いながらも曲輪が続きます。糧食と飲料水が確保できれば案外大人数でも収容できそうです。 |
堀切2に面して、大きな石が一直線に並んでいます。これって自然地形? |
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さらにⅥ曲輪西側にも謎の大石垣が。これは人の手で積まれた物であるように見えます。 |
堀1は竪堀・竪土塁を伴っています。実質的にはこのあたりまでが城域であると見てよいかと思います。 |