名将道灌、下総へ

境根原古戦場

(酒井根合戦場)

さかいねはらこせんじょう

千葉県柏市酒井根〜光ヶ丘団地周辺

戦没者を弔ったと伝えられる首塚<<2002年07月28日>>
合戦の日時 文明十(1478)年十二月十日
当事者

◎大田道灌、千葉自胤(総数不明)

●千葉孝胤、木内氏、原氏(総数不明)

合戦の経緯

康正元(1455)年、前年に勃発した古河公方と関東管領上杉氏・室町幕府・鎌倉公方(堀越公方)の対立による騒乱(享禄の大乱)で千葉氏も内紛が勃発、宗家・千葉介十四代胤直・胤宣父子は一族の馬加城主・馬加康胤、小弓城主・原胤房らに居城の亥鼻城急襲され落城、千葉胤直父子は志摩城多古城にて自刃し千葉氏の宗家は滅亡した。康正二(1456)年、千葉胤直の弟、胤賢の子、実胤・自胤兄弟は東常縁の援軍を得て市河城(国府台城)に立て籠もったが、敗れて武蔵石浜城、武蔵赤塚城に逃れ、扇谷上杉氏家宰職の太田道灌に庇護された。

文明八(1476)年十二月、長尾景春は山内上杉氏の家宰職の後嗣を巡って上杉顕定に背き鉢形城で挙兵、翌文明九(1477)年正月、五十子の上杉氏本陣を襲撃し、上杉氏は上野に逃れた。扇谷上杉氏の家宰・太田道灌は景春に帰服を呼びかけるが景春は拒否し、五月に用土原で合戦となり、景春は敗れて鉢形城に立て籠もった。上杉氏は鉢形城を包囲したが、景春は不利を挽回しようと、古河城の足利成氏に支援を要請、七月には成氏が結城・宇都宮・那須・佐々木・横瀬氏らを引き連れて上野の滝まで進軍したため。上杉顕定、上杉定正らは包囲を解いて上野の防衛を固めた。文明十(1478)年正月、上杉氏と足利成氏の間で停戦が成立、景春も成氏の説得で鉢形城に帰還した。

しかし、千葉孝胤は停戦に従わず、長尾景春と結んで上杉氏に対抗したため、文明十(1478)年、太田道灌・千葉自胤は国府台城に着陣し、文明十(1478)年十二月十日、下総境根原で千葉孝胤と闘った(境根原合戦)。この合戦で千葉孝胤家臣の木内氏、原氏らは討ち死にし、孝胤は下総臼井城に立て籠もった。

関東各地で八面六臂の活躍を演じていた名将・太田道灌がとうとう下総にやって来ました。

この合戦に到る経緯は関東の複雑な戦国史を反映してなかなかややこしいのですが、根本には関東公方(古河公方)勢力と関東管領・上杉氏の対立構図があり、ここに幕府の思惑や在地豪族の家督相続問題などが絡んでいます。この境根原合戦では、康正年間の千葉氏の内訌に端を発する対立に、長尾景春の乱や、反上杉勢力の中核である古河公方・足利成氏の思惑などが絡んでいます。当時、足利成氏と上杉氏は一時的に和睦状態にありましたが、千葉孝胤は上杉氏に従うことを潔しとせず、長尾景春と結んで上杉氏に対立します。一方、太田道灌は長尾景春の蜂起に関東一円を奔走しますが、下総あたりで景春与党に蜂起されちゃタマラン、ということで下総国府台城に陣取ります。またこのとき、道灌は千葉氏の内訌で敗れた千葉自胤ら(武蔵千葉氏)を庇護する立場にもありました。千葉自胤にとっては、旧領回復の決戦でもあったのですね。

合戦の詳細は残念ながらよく分かりませんが、結局千葉孝胤勢は大きな損害を出して臼井城に退却します。道灌は弟の太田図書らに臼井城攻略を託し、自らは江戸城の守りを固めます。千葉自胤らは臼井城の後詰を絶つべく、庁南城真里谷城などを制圧、じりじりと臼井城を包囲します。結局、臼井城の奪取には成功するものの、太田道灌は自らの片腕と頼んでいた太田図書をはじめ五十数騎を失い、臼井城を奪取した千葉自胤もまもなく千葉孝胤らの反撃で臼井城を明け渡すことになってしまいます。

現在の境根原古戦場は大型の住宅団地となっていますが、「首塚」と伝えられる塚が残されており、簡単な解説板が設置されています。合戦の際の主たる激戦地は麗澤大学前あたりの谷津であったらしいです。

現在は「光ヶ丘団地」として造成された境根原古戦場。最も激戦の繰り広げられたのは、現在の麗澤大学附近であったといわれています。 道灌が敵味方の区別無く戦没者の首、胴、武具をよりわけて埋葬したといわれる「首塚」「胴塚」「刀塚」のうちの一部。

太田道灌軍が陣取った国府台城(千葉県市川市)。千葉氏内訌後の市河合戦や、北条と里見、小弓公方らが闘った国府台合戦の地でもあります。 境根原の戦いに敗れた千葉孝胤が立て籠もった臼井城(千葉県佐倉市)。道灌軍は臼井城を陥としたものの、片腕でもあった太田図書資忠らを失っています。

 

交通アクセス

東武野田線「新柏」駅徒歩10分、JR常磐線「南柏」駅徒歩20分。

常磐自動車道・首都高「三郷」IC車20分。

周辺地情報

きれいな遺構が残る増尾城など。

関連サイト

 

 
参考文献 「新編房総戦国史」(千野原靖方/崙書房)、「房総の古城址めぐり(下)」( 府馬清/有峰書店新社)、「戦国関東名将列伝 」島遼伍/随想舎、「武蔵武士」(福島正義/さきたま出版会)、小説「太田道灌」(童門冬二)、現地解説板

参考サイト

千葉氏の一族マイナー史跡研究会

 

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